深夜国アーカイブ

思い出を埋葬するばかりです。

尾道てのひら怪談(2017)に落ちたので作品を供養します。

そのうちカクヨムに投下しようと思います。なろうに投下するよりも良いと思うので。

 

供養①【無駄な人生】

 尾道には小学生の頃、子猫を捨てに来たことがある。ここには他にも猫がたくさんいるから一匹でも生きていけるだろう……というのは建前で、ただ遠くへ行きたいだけだった。父が出奔する前の家族旅行の思い出がそうさせたのかもしれない。

 それは父が拾った野良で、人には全く懐かなかった。可愛くない。私は生傷だらけになった手を見て、そう思っていた。

 寝ている隙に三重にしたスーパーの袋で捕まえて、口をきつく縛り、鞄の底に押し込めた。電車に乗ってる間に大人にバレたらどうしよう。そう心配する一方で、少女だった私は密やかな冒険に興奮していた。

 しかし本当に幼かった。袋に空気穴を開け忘れていたのだ。これは死体だと分かるようになると、途端にそれが不衛生に感じられるようだった。それからその亡骸をどうしたか、よく覚えていない。

 生き物が窒息死する時、眼球が飛び出す。失禁する。警察官になった後もそういう死体をいくつも目にした。

 尾道で浮浪者の変死体が密室で発見された事件。私の父が殺された事件でもある。死体を見てハッとしたのだ。でも私はそれを黙っていた。捜査から外されることを恐れたのだ。

 絞殺死体がなぜ水槽に沈められていたのか。犯人が密室の漁師小屋を抜けた方法は。なぜ広島で目撃された浮浪者が尾道にいたのか。

 結局のところ迷宮入りした事件だが、私には予兆めいた何かが初めからあった。だからこそその後も狂ったように死を追いかけ、そして病んだ。薬に頼る生活はそれからだ。

 しかし今にして思えば、あれは本当に父だったのだろうか。腐った水の中で死体の容貌は相当崩れていた。もうそれは確かめようがない。私はただ緩やかな死を待つだけになってしまった。

 ここの潮騒は人に昔のことを思わせる。

 そういえばあの死体は海に捨てたのだった。

 

供養②【傾いた〇〇】

 学生時代、私が住んでいた木造寮は細く長いつづら折りを幾度か繰り返しながら、家々の隙間を縫い、奥へ奥へと進んだ先にある大きな楠木の隣に建っていた。この辺りは車も通れぬ窮屈な道ばかりで、寮自体も古色蒼然といった佇まいだったから、住人は言うまでもなく私のような赤貧ばかりだった。だが当時の私はこの人を寄せつけぬ迷路のような町づくりと、その奥で世間から隠匿されて人の活気を完全に忘れたねぐらに満足していた。

 四回生の冬、アパートの中廊下を挟んだ向かいの部屋の引きこもりが首を吊って死んだ。

 明け方近くに帰ってきた私は酒が入っていたせいもあり、わずかに右に傾いていた寮の廊下を気にも留めなかった。しかし、開かずの扉が今日に限って開いている。何かがこっちを見ている? 私は覗いてしまう。尋常じゃないほど首を長く伸ばした男が異様な目で私を待ち受けているとは知らずに。

 たかが人間一人の重さで建物全体が傾くことはない。皆がそう信じた。建物が傾斜に建っていたせいだと。しかしそれは違うのだ。

 一か月ほど経った頃、また深夜に帰って来た私は寮の傍らに立つ巨大な人影を認めて息を飲んだ。うなだれているように見えたそいつは、寮の左側の壁に額を押しつけて、寮をずずずっと頭だけで押していた。しかし首の骨が折れて上手く押せないでいるようだった。

 楠木の陰だ、きっとそうだ。私は汗で全身をびっちょりと濡らし、そいつを見て見ぬふりしながら、極めて小さな声で「ただいま」と言って、大分傾いた寮に足を踏み入れた。しかしそんな風に無視した私をあいつは確かに見ていたのだ。そっと二階に上がったところで、暗闇に浮く二つの目玉と目が合った。

 寮を飛び出してがむしゃらに走り、駅前の街灯の下で咽び泣いていた。そこは何でもない場所であったが、心底ほっとしたのだ。あの夜から坂の多い町に住むのが怖い。傾いた物を見ると無性に水平に直したくなるのだ。

 

供養③【黒草村】

 両親に捨てられたおれが行った村はO市の外れにあって、そこでは村人すべてが同じ農園で働いていた。子供はおれともう一人だけで、あとは外国人と年寄りだけだった。分校が終わるとすぐ農作業に出され、陽が沈むとさっさと飯と風呂の準備をしろとせっつかれ、朝早く起きると、朝げの準備をしてから分校に向かった。養父母は厳しかった。

 おれは自分があの村が何を作っていたのか知らなかった。村の年寄りに尋ねても「子供は知らなくていいんじゃ」「わけぎじゃないかの、ヒヒヒ」と子供をからかうような、黄色く濁った目を浮かべるだけだった。酩酊した養父は「草じゃ……」とだけこぼしたきり眠り込んでしまった。しかし草であることは見れば分かるのだ。

 優子はおれの四つ上の十四歳のお姉さんだった。奇跡的なほどあか抜けていた優子は広島からやってきたという噂だった。なぜこの村に来ることになったのかおれは知らない。

 優子はおれを構いたがった。その時の優子はツヤっぽい瞳と唇でおれを離さなかったが、おれはおれで、優子の優しさのようなものに甘えたがった。分校の休み時間だけが子供の自由にできる時間であった。

 月の大きな晩だった。古い養父母の家は外に便所があって、冷たい風が吹いていた。村の谷をびっしりと埋める草の黒い陰が風になびいて、ざあざあと鳴っていた。おれは早くここの生活から出ていきたいと願っていた。

 大人たちは納屋の中で優子を取り囲み何かを話している。その中は目がクラクラするようなニオイの煙が満ちていて、年寄りたちと優子の表情はしだいに溶けていった。優子の柔らかそうな体が滑らかに揺れた時、おれの頭は沸騰しそうだった。

 おれが村の農園に火を放ったのはその後のことだ。酔っ払った養父が車にひかれて死んだのもその夜だった。

 優子は数年後に手首を切って死んだ。

 

僕はこういうの好きなんだけどなぁ…というのがことごとく外れてしまったので、わりとダメージがあった感じです。特に『無駄な人生』と『傾いた◯◯』は私的に「キタナ…!」って感じだったんですけど。上手く行かないものです。『黒草村』はまぁ時間が無い中で適当に書いたわりに…という具合。でもまぁ今後も書き続けようと思います。